学問の求道者、大橋健二氏から学んだ哲学
ここでは、よろずが尊敬している現代の哲学者・思想家の一人、大橋健二氏を紹介したいと思います。大橋氏は、哲学や宗教を中心とした幅広い学問や研究を行っており、それらに関する著述を何冊か出版しています。
陽明学を基本にして、老荘思想・仏教などにも精通している一方、近年では易経も多少研究されているようです。現在は60歳を越えられているはずですが、若い頃にはボクシングや柔道を習っておられたようで、その広範な学識に対して、私は深く敬服しています。故郷が福島なため、原発事故にも関心を持っておられる様子が最新の書籍などからもうかがえます。
ちなみに、私の哲学の4割は大橋健二氏の9冊の本から学び、次の4割は他の著者による約50冊の本、そして残りの2割はそれら大橋氏や他の書物から学んだ8割の内容を、深く自省しながら吟味しつつ、いらない部分は徹底的に省き、自分用にカスタマイズし、再構築し直したよろず哲学が占めています。したがって、大橋氏の学問は私の哲学の根幹を成している、と言っても過言ではありません。
大橋氏の学問とは
大橋氏の学問は定型が定まってなく、儒教・老荘・仏教などアジアの学問のみならず、キリスト教や海外の様々な哲学者や思想家にも幅広く精通しています。陽明学を基本にしていますが、それだけの学者というわけではなく、私の目指している「総合学」や「百姓」と方向性は同じだと思います。
学者の世界がどうなっているのか良くわかりませんが、大橋氏は特に学界で権威と呼ばれているわけでもなさそうです。しかし無名だからこそ、彼の学風は自由闊達で定型に収まらず、それが私の性質にも合っていたんだと思います。特に初期の頃に書かれた書物を読んでいると、著者のエネルギーというか、迸る信念みたいなものが感じられ、非常に感化を受けました。一般的に学者や専門家の書かれる本は、微に入り細を穿つような理論重視の内容が多い中で、大橋氏は広い視点から物事を客観視し、それを独自の信念から解釈・分析しています。そこからは人生に対する覚悟のようなものさえ感じられます。
おすすめの書籍紹介
ここからは、当サイトでもおすすめ書籍として紹介している本を、感想を交えながらその理由を簡潔にまとめたいと思います。最初に紹介する4冊に関しては、どれも甲乙付け難い良書で、ぜひ多くの人に読んでいただきたい本です。星の数は「書籍レビュー」の評価方法に準拠しており、6つ星はよろずにとってバイブルとなっている一押し書籍で、5つ星は非常にお勧めの書籍となります。
1.日本陽明学 奇蹟の系譜
現段階でバイブルの一冊として位置づけている本です。大変多くのことを学ばせていただき、本書に出会えた事を感謝しています。おそらく40歳前後の頃に執筆された本だと思いますが、非常に強い信念が感じられ、一般的な学者の方とは雰囲気の異なることがわかります。
本文の内容はまず序として、日本陽明学の概要説明から始まります。そして、江戸時代から始まった日本陽明学の祖、中江藤樹の生涯や思想に触れ、そこから彼の弟子や感化を受けた人たちを芋づる形式で紹介しています。江戸・明治・現代を通して、総勢30名にもわたる陽明学者や陽明学徒の人生が綴られているため、読み応えがあります。
個人的に良かったと思う点は、陽明学を学んだ30名の生涯を簡潔に知ることができるので、誰が自分にとって学問の上で参考になる人物なのか、目星を付けることが容易だということです。内向的な私は当初、中江藤樹を除けば、中根東里や春日潜庵に非常な共感を持っていました。熱血で行動的な人であれば、西郷隆盛や大塩平八郎に共感を持つ人がいるかもしれません。そこは人それぞれです。陽明学を学んだからと言って、皆が一様に似たような振る舞いや行動を取るわけではありません。
本書は古い文体が多く含まれていますので、古文に慣れていない方にとっては、多少読みづらく感じる部分もあるでしょう。私が初めに読んだときは、所々意味のわからない箇所がありました。しかし、ためになることが沢山書いてありますので、初心者の方にもお勧めします。可能であれば、陽明学入門の書を1~2冊読んだ後で、本書を読むと取っ掛かりやすいと思います。
お勧め度:★★★★★★
注意:
一般の書店では現在入手困難になっており、入手方法については『江戸時代の武士を救ったセーフティネット「土着論」の考察』ページの『記事に関連のある書物について』項目を参考にしてください。
2.中江藤樹・異形の聖人-ある陽明学者の苦悩と回生
本書も同様にバイブルの一冊として、常に手元に置いています。これは私が一番最初に読んだ大橋氏の書籍となっており、本書に出会わなければ他の大橋氏の書物を読む機会も多分なかったと思います。
中江藤樹の人生や境遇に非常に共感を覚えたという点で、近年一番衝撃を受けた本と言えるかもしれません。このような経験は、夏目漱石著の『私の個人主義』や内村鑑三著の『代表的日本人』を読んだ時以来です。ただし、この感覚は私個人の経験や性質によるものだと考えられますので、他の方も本書を読んで似たような共感を得られるわけではないと思います。なんて言えばいいんでしょうか...藤樹と私はお互い「アウトサイダー」として通じるものがあったんでしょう。人生に矛盾を感じ苦悩している人ほど、読んでもらいたい本です。光明を見い出す何らかのヒントが得られるかもしれません。
ちなみに、私の『潜龍』という名前はこの本に啓発されて付けました。
お勧め度:★★★★★★
3.反近代の精神 熊沢蕃山
こちらもバイブルの一冊です。絶版で入手が困難だったため、非常に悩みましたが清水の舞台から飛び降りる覚悟で、高価な中古本を購入しました。結果的に金額以上の価値を私にもたらしてくれ、現在では入手できたことに感謝しています。
詳しい内容に関しては『江戸時代の武士を救ったセーフティネット「土着論」の考察』の記事を参考にしていただければと思います。熊沢蕃山に言及している箇所の多くは、本書から参照しています。
お勧め度:★★★★★★
4.偉人は未来を語る-近代批判としての偉人論
上で紹介された三冊と比較すると、内容的に若干劣る部分はあるかもしれませんが、本書も十分バイブルの一冊として価値があります。他の書と異なり、多分万人向きな内容だと思いますので、どんな人にもお勧めできます。13人の偉人達のエッセンスをもれなく簡潔に紹介しており、哲学を学ぶ時間すら取れないお忙しい方にも読みやすい本でしょう。人は過ちから学ぶものですが、一度でも犯してはならない過ちもあります。その落とし穴にはまらないためにも、非常に参考になりました。私の書いた考察系の記事にも、本書で書かれている内容がいたる所に散りばめられています。
お勧め度:★★★★★★
5.神話の壊滅-大塩平八郎と天道思想
全部で三部に分かれており、第一部は日本における天道思想について、歴史的そして学問的観点から論じています。第二部では、なぜ大塩平八郎が挙兵したのか、その人となりや行いなどを様々な視点を通して深く省察します。また、大塩は良くも悪くも陽明学の「知行合一」のシンボル的人物として見られているため、彼を後世の安岡正篤や三島由紀夫と比較して、知行一致について考察しています。最後の第三部は、近代日本と天道思想の関係について触れています。明治に入って廃れた「天道思想」によって、どのような影響が後世に見られたかがわかります。
当サイトでは本書の内容を主に『文武両道-二つにして一つの道』や『ココの世界平和計画に関する考察-ヨルムンガンドより』などで引用しました。
特定の宗教を持たない多くの日本人にとって、天道(おてんとうさま)は非常に大事な伝統的思想だと思います。このような思想的引き継ぎが明治や戦後の日本で行われなかったため、現代の日本人は欧米人にすら「エコノミックアニマル」と呼ばれる程目先の事しか考えず、富の獲得に突っ走ってしまったと考えられます。戦前の「軍国主義」が戦後になって「経済主義」に変わっただけで、日本人の本質は明治時代から何も変わっていません。
私が一番衝撃を受けたのは、マッカーサーの逸話に見られる「日本人の変わり身の早さ」です。そこから我々の光の部分だけではなく、恥ずかしくなるような影の面も垣間見ることができました。全体として非常に学ぶ事が多く、学問に妥協のしたくない方であれば、ぜひ手に取って読んでみて下さい。
お勧め度:★★★★★
6.気の文明と気の哲学-蒼龍窟 河井継之助の世界
大橋氏は本書から「気」について、初めて詳しく言及するようになります。おそらく、彼の学問が新たなステージに移行したのでしょう。今までとはまったく異なったアプローチをしている本で、当然「気とは何か」という根本的な話から入り、「気」の歴史に触れ、そしてその化身たる河井継之助の考察に入っていきます。日本においても「気」が非常に重要な意味を持っていることに気づかされるでしょう。私も非常に参考になり、「気」が決して非科学的な存在ではないことを知る良い契機となりました。『学究の主題』ページに「気」の基本的な考え方について、本書の内容の一部を載せています。
「気」の哲学の元祖というべき孔孟や荘子から始まり、最後には東アジアにおける公共哲学としての「気」を論じています。中国や韓国は日本から見て、考え方や振る舞いが大きく異なり、近年ではさらに輪をかけてお互いの仲が悪くなっていますが、その根っこには共通する思想があると感じました。よく欧米やインドなどの遠くの国と仲良く連帯していこう、という意見がネットなどで散見されますが、それは彼等のことをよく知らないからこそ主張することができる、安直な論だと思います。実際シェアハウスなど、一つ屋根の下で彼らと深く付き合ってみれば、文化的背景の異なる人たちと心を通わすことがどれほど難しいかわかるでしょう。
ただ本書の陰陽の内容に関しては、大橋氏はまだ研究を始めたばかりらしく、後半にちょっと内容に触れているだけで、理解や実践という点で十分掘り下げられていないと感じました。また、本書は2009年に初版が発行されているんですが、これ以降の書物から何となく大橋氏に若干のトーンダウンが見られるようになってきます。
お勧め度:★★★★★
7.新生の気学-団藤重光「主体性理論」の探求
タイトル名からも推察できるように、前著『気の文明と気の哲学』に書かれている「気学」を基にした書物です。本文で登場する団藤重光氏とは、東大法学部で教鞭を取り、「団藤刑法」の名前で知られる刑法学者、リベラル派の元最高裁判事で、さらに東宮職参与・宮内庁参与を務めて天皇家とも親しく交わり、文化勲章も授与された人です。
団藤の「主体性理論」の思想的淵源が、同じ故郷・岡山の儒者である熊沢蕃山と山田方谷の学んだ陽明学にあることは、「そういうわけで、私の家には、何となく熊沢蕃山や山田方谷につながるような雰囲気が漂っていた」と自叙伝でも語られています。さらに団藤の住んでいた家は蕃山の屋敷跡で、通っていた学校さえも蕃山にゆかりの深い藩学校のあった所という事を鑑みると、彼は根っからの陽明学徒として幼少期から過ごしていたことになります。ちなみに、彼の教え子には三島由紀夫がいます。
どちらかと言うと本書は、一般向けというよりは学者向けの内容で、言い回しも学者っぽくなっています。一応本文中でも専門用語の説明はされているんですが、例えば最初は「ファウスト」と言われてもピンと来ませんでした。哲学的用語がいたる所に出てくるので、そういう意味では学者向けの専門書という位置づけなのかもしれません。
「気」とは何かを基本から知りたい方は、本書から読み始めるのはハードルが高いので、同著の『気の文明と気の哲学』を最初に読まれた方が良いと思います。購入前は値段が5000円以上と非常に高価に思えたんですが、実際読んでみると文章量が他書に比べて多く、読みごたえが一番あります。著者の大橋氏が、多大な時間をかけて執筆されたことは疑いようありません。
福島が故郷とのことで、東日本大震災時に発生した福島第一原発事故にも本文中で関心が示されています。
私は個人的に「収斂と発散の主体性理論」という部分が非常に勉強になりました。星が5つの理由は、文章量が多く参考になる内容がある一方で、専門的言い回しも多いために意味が分かり辛く、付いていけなかった部分が若干あったからです。元々私は哲学系の専門書を読むのは苦手なので、そういう類の書に抵抗が無い方には、6つ星の価値があるかもしれません。
お勧め度:★★★★★
他の書籍
上記以外の書籍には『救国 武士道案内』と『良心と至誠の精神史-日本陽明学の近現代』がありますが、個人的には既出の7冊と比較すれば読後の印象が薄かったので、お勧め度は4つ星になります。しかし『救国 武士道案内』の武士道に関する記述や、河井継之助の烈しい生き様には感銘を受けましたので、入手可能であれば読んでみてください。
大橋氏の書物総評
ここで紹介した5つ星以上の書籍7冊は、必要な時にすぐ参照できるよう、私は常に手の届く所に置いています。他の方の書かれた書物にも非常に多くを学ばせていただきましたが、大橋氏の書は別格でした。
しかし、敢えて苦言を二つだけ言わせていただければ、まず本のタイトル名が曖昧で個人的関心が向きづらく、私の探し求めている書物なのかどうかが、タイトルを読んだだけでは判断しづらかったです。したがって、随分悩みに悩んで(本が高価なので)購入した書が3冊程ありました。万が一自分の望んでいない本だったとしたら、精神的にも金銭的にもダメージは大きかったでしょう。しかし私に限って言えば、購入して正解でした。もし大橋氏の書を読まなかったならば、自身の哲学をどれ程深めることができたのか、正直疑わしかったからです。
二つ目の懸念は、近年の大橋氏の書物からは初期の頃のような迸るエネルギーや信念が、感じられなくなったということです。初期の本には内容的に荒削りな部分はあったかもしれませんが、それが気にならない程の気魄が感じられました。実は私が一番学んだ事とは、言葉による表面上の知識ではなく、その言葉の裏にある著者の熱意だったのかもしれません。近年の書は、良くも悪くも学者の方が仕事として著した書物という感じを受け、個人的にはちょっと残念に思っています。
まとめ
以上で、私の尊敬する学問の求道者、大橋健二氏の紹介を終わります。陽明の学問を基本にしていますが、それだけではなく儒教、老荘、仏教、キリスト教、古今東西の哲学や思想など、幅広い分野に精通しています。私の人生哲学の多くも大橋氏の書籍を参考にしているため、今回一つの記事としてまとめて紹介することにしました。近年、気魄という点では若干トーンダウンが見られ、それが気がかりですけれど、その分「理」の学問は精密を極めています。人によっては理論が充実している近年著された書物の方が、良いと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私個人は荒削りでも初期の頃のような気魄の籠もった書が再び読みたいです。
おわり