ココの世界平和計画に関する考察-ヨルムンガンドより

今回は、アニメ「ヨルムンガンド」より、主人公ココの目指した理想について書いてみたいと思います。完全なネタバレとなりますので、まだアニメを見たことがない方は、ご注意ください。

ストーリーの基本設定

近代兵器によって家族を殺された少年兵ヨナが、武器商人であるココに引き取られる所からストーリーが始まります。武器を憎むヨナが、なぜ武器商人と共に行動することになるのかは、ストーリー中に説明があるんですが、簡単に言えば、彼はどこかの軍に少年兵として所属してました。そこで親友のマルカという少女が、冷酷な軍人によって無理やり地雷原を歩かされた結果命を落とします。

その事に激怒したヨナは、基地にいる兵士を皆殺しにします。ヨナは幼いながらも、部隊を全滅させてしまう程の物凄い戦闘力の持ち主です。キャスパーというココのお兄さんとも、その基地で出会う事になるんですが、彼の護衛(チェキータ)に簡単に押さえつけられてしまいました。

力の差を見せつけられても最初は反抗しますが、何日も倉庫に閉じ込められて心身が衰弱していくにつれて、自分の親友たちを助けることを条件に、彼に身を任せることにしました。武器を憎んでいるという少年兵ヨナに、キャスパーの妹であるココが興味を持ちます。結果、彼女の護衛として配属されることになり、本編のストーリーはそこから始まります。

ココのキャラクター

お嬢の考えるポーズ彼女はアニメ「ヨルムンガンド」のメインヒロインであり、その黒幕ですが、どういうキャラクターなのかを説明するには、ちょっと字数を必要とすると思います。

可愛い外見をしているため、萌えアニメとしても楽しめるかもしれませんが、武器商人という設定上、戦闘シーンもたくさんあるので、私は燃えアニメとして楽しみました。

狂気のココ優秀な商人として世界中を駆け回るんですが、彼女はいつも笑顔を絶やしたことはありません。お茶目な振る舞いも時々見せるので、とても殺伐とした殺し合いの世界で生きているようには見えない事もあります。

しかし、ストーリーがある程度進むとわかりますが、彼女は決して見た目通りの少女ではなく、大人顔負けの怖い側面を持っています。例えば、取引の約束を破ったマフィアのボスを問答無用で殺していますし、さすがに闇の社会でやっていけるだけの強さも持っていると感じました。

いつも笑顔を絶やさないのは、他人に自らの真意や遠大な野望を悟られないための仮面であったと、後半で明らかになります。ストーリーの中盤で、女医が彼女のことを「龍」に形容していたのが印象深いです。

その恐ろしい内面(龍)を抑えるリミッターとして、同じく武器を憎んでいる、ヨナという存在が彼女にとって必要だったこともわかります。ヘックスというアメリカ側の暗殺者は、ココの弱点がヨナであることに気づき、彼を暗殺しようとしたんですが、もしそこで彼が殺されていたら、彼女のタガが外れてバケモノになっていたかもしれません。最後の良心がヨナだったわけですから、十分考えられることです。

ヨルムンガンド計画とは?

彼女が自分の仲間にさえ最後まで秘密にしていた計画で、その野望の目的がどこにあったかを、これから説明したいと思います。彼女はその計画を「ヨルムンガンド」と呼び、ロボット工学の天才である、天田南(あまだみなみ)博士と共に何年もかけて準備し、実行に移しました。

ヨルムンガンドとは、HCLI(ココの所属している会社)が打ち上げた126機の衛星による、衛星測位補助システムと、ココと天田南博士の開発した量子コンピューターが「空」を封鎖することによって実現する、「海」「陸」のみによる行動制限と、地球上のありとあらゆる物流完全制御によって作られる強制的世界平和のことです。

これによって、人類は「空」の交通手段を失い、1910年代まで退行することになります。もちろん、軍事兵器であるミサイルやロケットも一切使えなくなります。

こんな神がかり的な事を可能にさせたのは、量子コンピューターの発明と実用化にあります。現在のコンピューターでは何百年もかかるような計算を、量子コンピューターは数十秒で可能にさせるので、暗号やパスワードの類は一瞬で解析されてしまい、この世に存在するあらゆるセキュリティが無意味になる、という事のようです。

どこまで現実味がある話なのかはわかりませんが、一極支配を可能にさせるためには、ココ達が量子コンピューターの技術を独占することが最低条件となりますね。もし皆が量子コンピューターを持つようになれば、意味のなくなる計画ですし。

彼女はストーリーの最終場面で、兵器や軍隊を憎んでいるということを告白し、ヨルムンガンド計画の最終目的が、人間と軍事を切り離すことにあったと明かします。

銃を向けたヨナヨナはここで、「この計画で何人が死ぬんだ?」と問い返します。彼女は量子コンピューターを使って、現在飛行機等で空中にいる人々が68万3822人いる事を調べ、ヨナに70万人の犠牲だから大したことない、と答えます。

その答えに憤激したヨナは、「そんなの絶対駄目だ!」と言いながらココに銃を向けました。彼にとって、いくら多くの人達を救うためとはいえ、簡単に70万人を犠牲にできる、彼女の思考が理解できませんでした。多分ヨナも、頭では少し理解できたかもしれませんが、人間の命を単純に数で判断する事に対して、彼の心が拒否したんだと思います。

「多数の幸福のために、少数が犠牲になるのは仕方ない」と言ったのは、マキャベリだったでしょうか。

話がちょっと外れますが、私が知っているアニメでこの論理が使用されたのは「銀河英雄伝説」です。マキャベリズムを信奉するオーベルシュタインによって助言を受けた主人公ラインハルトが、多数を救うために敵による殖民惑星に対する核攻撃を見逃しました。200万の市民を犠牲にすることによって、結果的に戦争の犠牲者数も少なくて済み、内乱も数か月早く終わりました。しかし、後にラインハルトが皇帝として宇宙を統一した時に、核攻撃の犠牲になった遺族によって暗殺されそうになります。その時の彼は、自らの犯した罪の大きさに気づき、手が震えて、肩を落とすことしかできませんでした。

他のアニメでは、「Fate/Zero」の主人公衛宮切嗣が、自らの理想である世界平和を実現するために、問答無用で少数を犠牲にした行動を思い出します。結果的に、切嗣は多数を救うために、冬木市を破壊し、自分の子を殺し、妻も殺したため、己の正義が引き起こした現実に押しつぶされて、自らも殺すことになってしまいました。

損得で考えれば、多数を救うために少数を犠牲にすることが正義と言えるかもしれません。しかし、そこから大きな問題が必ず生じます。治者には、一人でも助けようとする「仁」や「情」の心が絶対必要な所以です。

「義」や「誠」も大事ですが、それだけでは駄目だと思います。哲学や思想を中途半端な知識・思考・覚悟で学ぶのは、却って大きな害を生み出しかねないことが、上記の例から改めて気づかされました。

ココが目指した世界平和に関する考察

それでは、これから主人公ココが目指した、彼女の世界平和に関する私の考察を書いていきたいと思います。とは言っても、あんまり書くことはないような気もします。なぜなら、彼女の考えは理屈で考えなくても、直感で間違っていると思うからです。

そもそも、世界平和という素晴らしい理想を、自分の信頼する仲間にまで隠し通すようでは、まともなわけがありません。立派な事を成すと心から思えるのであれば、その理想を他者と共有すべきだと思います。それができない時点で、ココの理想は非常に危険なものだとわかります。

1.ココとマルクスの類似点

また、彼女は戦争や軍隊を心から憎んでいます。憎む心から生じる理想主義は、たとえそれがどんなに立派に聞こえようとも間違っています。自分を憎むような相手を好きになれる人がどれだけいるでしょうか。それを考えれば、憎しみから平和な世界を構築するなど、最初から無理だとわかります。智が円通していません。

これらを鑑みると、彼女は共産主義を生み出したマルクスと似ている部分があります。彼の理想主義の裏にも、持てる者(裕福な者達)に対する激しい憎悪が含まれていました。富を万民に平等に分担する、という一見素晴らしい理想の中に、現権力者を引きずり降ろしてやろうとする、「怒り」や「憎悪」という感情が多分に含まれていたように思われます。さらに、共産主義は神の存在を否定したため、キリスト教などを道徳教育の本とした人たちのタガを外す結果になりました。

マルクスについてもっと知りたい方は、彼を含む多くの偉人たちの生涯を一冊で手軽に学べる、大橋健二著の『偉人は未来を語る』をお勧めします。人生を省みる際に、いろいろ参考になるでしょう。

また、神(天)の存在を否定したのは共産主義だけではなく、明治維新後の近現代の日本でも同じようなことが起こっているので他人事ではありません。例えば日本軍による中国での蛮行は、明治新政府によって伝統的「天道思想(おてんとうさま)」が儒教思想と共に排斥されたのが原因になっているとも考えられます。己の欲望を優先し、道義を無視して「結果さえ良ければ何をしてもいい」みたいな風潮が存在する現代の日本も、「勝てば官軍」的な当時の薩長の行動と通じるものがあるんではないでしょうか。

西郷隆盛・大塩平八郎・夏目漱石らがなぜ「天」にこだわっていたのか、もし興味があれば同著の『神話の壊滅-大塩平八郎と天道思想』を手に取ってみてください。「おてんとうさま」が現代の日本に必要とされている理由もわかると思います。ニーチェは「神が死んだ」と言いましたけれど、だったら己の心の中に天(神)を復活させればいいんです。自分の外に「神」が実在するかどうかは、大した問題ではないと思います。

それと、私はトップダウンによる押し付けがましい世界平和を認めません。平和を志向するにしても、多くの人達が同意した上で実践できるように、ボトムアップの形で行われるべきです。アニメの中で、ココは私の「皆が少しづつ変われば道は拓ける」という考えを、無理だとはっきり言っています。その事には部分的に同意します。生きている内に私の理想が実現する事のないことはわかっています。

しかし、大きな戦争を何回か経験すれば、いずれは皆が心から過ちに気づいて世界平和が実現する条件が整うかもしれません。遠い未来の話ですが、現代はその下地を作っておければ十分だと思っています。多くを求めず、「足るを知る」という考えを皆が共有できる日が来るまで、自給自足や地産地消の重要性を、提唱し続ける必要があると私は考えます。

2.武器商人は絶対にいなくならない

キャスパーの怖い顔ココが自分の兄であるキャスパーに対して、ヨルムンガンドの概要を説明するシーンがあるんですが、その時の彼の答えが印象深かったので、引用したいと思います。

ココの怖い顔キャスパー「ははは、いいんじゃないか、ヨルムンガンド。え、なに驚いた顔しているの?確かに、HCLIは大打撃を受けるな。Hek-GG(民間企業HCLIによる、効率的な武器&物資流通システム)などは壊滅だろう。だが、やがて大利益を上げる。空を潰すということは、海と陸への流通の限定。うちらは、元より海運だからな。フロイド(キャスパーとココの父親)さんもなんだかんだと喜ぶんじゃないか?ま、僕は言わないよ、めんどくさいから」

キャスパー「この世から本当に武器が無くなると思うか?ココ。航空兵器が駄目なら、海戦兵器を売ろう。船が駄目なら、戦車を売るよ。銃を売ろう、剣を売ろう、ナタを売ろう。鉄を封じられたなら、棍棒を売ろう。それが、我々武器商人だ」

この答えを聞いた時、ココは怖い顔になっていました。例え自分の計画を発動しても、生粋の武器商人はこの世からいなくならない、とこの時悟ったのかもしれません。

3.典型的な「僕たちの戦いはこれからだ!」エンドが残念

ヨルムンガンドが発動した時点でこのアニメは終了しますので、正直その後の世界も少しは描写して欲しいと思いました。原作者がどのような世界を想像していたのか、興味があるからです。ただし、最後の武装したレムたちを見る限り、戦いは続いていくんだろうとは感じます。

尺が足りなかったのか、それとも元々その後のお話を考えてなかったのかはわかりませんが、ヨルムンガンド発動後から彼らの本当のストーリーが始まるような気がします。「空」が塞がれて今までの常識が通用しない未知の世界ですから、作者の想像力が要求されますけど、非常に面白い話になる可能性があります。

それと個人的には、ヨナとココが別れていた2年間を、もっと深く煮つめて欲しかったと思います。あまりにあっけなくヨナが元のさやに戻ってしまったため、正直拍子抜けしてしまいました。

まとめ

ココの優しい顔以上で、アニメ「ヨルムンガンド」の主人公、ココが実践した世界平和計画の説明と考察を終わります。彼女の計画は非現実的だと思いますし、仮に現実になったとしても戦争は無くならないでしょう。

その理屈は、いろんな観点から論じる事が可能だと思います。空を奪われて恥の心を知った人類はもう争わない、というココの理屈は、今一理解しづらかったですので、できればもう少し説明が欲しかったです。

全体的に、その後のストーリーも見たいと思わせる、非常に面白いアニメでしたので、まだ見ていない方にはお勧めします。

おわり

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